0623 Ridge

投稿日: カテゴリー: 茅葺き現場日誌@UK London

10年ほど前に美山町の茅葺き民家が、イギリスから招かれたロジャーさんという職人によって葺き替えられたことがありました。
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母国では茅葺きの学校で若い職人を指導している彼を少し手伝ったことが縁となり、その学校で半年間の研修に参加する機会に恵まれました。

ロジャーさんの家に下宿しながらのイギリス滞在は、技術の習得のみならず職人としての視野を大きく広げてくれました。
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そのロジャーさんから「Japanese Templeの屋根を葺くから」と呼び出されたので、慌ただしくイギリスまで出かけて来ました。

茅葺きといえどもその工法などに合理化の進む西欧圏において、イギリスの茅葺き屋根は地域毎に異なる葺き材や華麗な装飾の棟収めなどに、古来の豊かな地域性を残す点で特徴があります。
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ロジャーさんの葺き替えたイギリスの茅葺き古民家。

例えばオランダでは、エコロジカルな高級仕上げ材として茅葺きは人気があり新築も盛んですが、その棟収めは専用に作られたタイルによる簡便なものにほぼ統一されています。
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新築の茅葺き住宅が建ち並ぶオランダのニュータウン。

今回の現場は日系の仏教センター。ロンドン郊外の住宅地に建つ戸建て住宅の裏庭に、枯山水のお庭とそれを眺める茅葺きの四阿がありました。
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これは竣工写真です。
昔ながらの工法によるイギリスの茅葺き屋根の棟は、屋根そのものに比べて耐久性に劣るので、葺き替えを待たずに棟だけ積み直す必要があります。
京北に続き9000km離れたところでまた棟替えという訳です。

0626 Wheat reed

投稿日: カテゴリー: 茅葺き現場日誌@UK London

棟の材料としては小麦ワラが一般的で、ほかにスゲの仲間(セッジ.sedge)なども使われます。
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今回使うのも小麦ワラ。これは茅屋根葺き専用に栽培されている古い品種です。
品種改良が進んで小麦の収穫量の多い現代の品種は、その分ワラが短くなってしまっているからで、日本でもコシヒカリのワラは短く弱いので、しめ縄造りなどを専門にされる方は、酒米などやや古い品種を育てている農家さんからワラを集めるそうです。同じことですね。

茅葺き材料としては「ウィートリード(wheat reed)」と呼ばれています。
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わざわざ「ヨシっぽい小麦ワラ」という名がつけられているのは、イギリスで伝統的に茅屋根材として用いられて来た小麦ワラは、これとはかなり違った形をしているからです。
それについては追々ご紹介したいと思います。

古い棟を撤去してから新しい棟を被せて行きます。
置き並べた茅を押さえて止めた上に、次の茅を置き並べて押さえたところを隠す。これを繰り返し葺いて行く茅葺き屋根にとって、それ以上茅を置けなくなってしまう屋根のてっぺんをどう隠すか?そのための創意工夫が「棟」な訳です。
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弱点を雨水から隠すために、棟は屋根表面から段を付けて厚くしておく必要があります。
段を付けるために根本を下向きに取り付けるのが「スカート(skirt course)」。
その上に厚みを均等にするため根本を上向きに取り付けるのが「セカンドコース(second course)」。
それら全体を包み込んで一体化するのが「ラップオーバー(wrap-over)」。
棟の断面が三重になっているのがわかるでしょうか?

ウィートリードはあらかじめ充分に濡らしておいてから使います。
茅材は濡らしたまま放置すると黴びて腐って使えなくなりますが、屋根の一部になってしまえば茅屋根は通気性に富んでいますから、葺く直前に濡らす分には、屋根の上で乾く目処があるなら問題ありません。
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濡らすことでしなやかになり下地の茅屋根に密着し、小麦ワラ同士も隙間が少なくなり、乾いた後で目の詰んだ棟になります。

セカンドコースは裏表の茅材がてっぺんで突き合うように置きます。
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スカート、セカンドコースを固定するために日本のような押さえ竹を通していないので、まずスカートを端から端まで並べて固定し次にセカンドコース、では無く、ハシゴから手の届く範囲でラップオーバーまで仕上げてしまってから横に移動して行きます。

スカートなどを固定しているのは、ハシバミ(hazel)の若木を裂いて両端を尖らせU字に曲げた杭。
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スパー(spar)と呼びます。

スパーは折り曲げてあるのではなく、捻って曲げてあるので木の繊維が切れておらず、U字に曲げて茅屋根に差し込むと内部で真っ直ぐに開こうとして抜けなくなり、しっかりと効きます。
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ただ、細く裂いた若木とはいえ木材を「捻る」のは大変です。
8年振りの僕は何とかコツは思い出したものの、ひどい肩こりと血豆をこさえながらの作業でした。

0630 Long straw

投稿日: カテゴリー: 茅葺き現場日誌@UK London

茅というものは普通、モト(根本)とスエ(穂先)をきちんと揃えて束ねられていなければ、屋根に葺く材料としては使いものになりません。
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しかし、棟のてっぺんをカバーするラップオーバーは、表裏に均等の厚さで被せるためにも、あえてモトとスエが半分ずつ混ざった、両端の太さが対称の小麦ワラの束を使います。

これをロングストロー(long straw)と呼び、現在のイギリスでは最も伝統的なスタイルの茅材とされています。
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我々のイメージする普通の麦ワラがウィートリード、小麦ヨシと変な名で呼ばれ、このくしゃくしゃのゴモクのような束にストロー、藁という名が付けられているのは、かつてのイギリスでは脱穀後に手に入るムギワラは、こんな形になっているのが普通だったということです。

それはこのバスほどもある大きな脱穀機スラッシャー(thresher)が使われていたからです。
収穫された小麦の束をスラッシャーに放り込むと、内部では大きな金属製の刃が回転していて、かき回されたところにふいごで風を送ると、ワラは吹き飛ばされて実だけが下に落ちて行く仕組みです。
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当然、ムギワラは上も下もごちゃまぜに吹き寄せられてしまっています。これを使って屋根を葺くために工夫されたのが、ロングストローという素材であり技術です。

ロングストローで葺かれた屋根は、小麦の穂先が屋根表面に現れてふわふわした感じで、一見逆葺きのようにも見えますが、屋根面をかたちづくる半分はムギワラの根本側な訳ですから、そこそこの耐久性はあります。
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ところで、大掛かりな機械による脱穀で得られる材料を、「伝統的な」と言われても納得し難いかもしれませんが、実際継ぎ足し継ぎ足しで百年以上経った古い屋根をめくってみると、全てロングストローで葺かれていることが確認されています。
近世のイギリスでは荘園での大規模農業が主流になっていたということでしょうか。
スラッシャーも今はトラクターから平ベルトを引いて駆動させていますが、以前はベルトの先には蒸気機関が、さらに以前は馬が繋がれて動かしていたそうで、歴史のある機械なのです。

今回現場に持ち込んだ材料はウィートリードだけなので、ラップオーバー用に簡易ロングストローをつくりました。
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このようにばらばらにほぐしておいてから、あらためて束に括ると穂先と根本が均等に混ざり合います。そのとき、束の太さにムラが無く両端だけ少し細くなるように束ねてやると、棟に被せるのに具合の良い材料になります。

こうしてスカートとラップオーバーを組み合わせた棟の材料を配置し終わりました。
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日本では茅葺き屋根は下から上へと葺いて行きますが、イギリスの葺き方だと横へ横へと葺いて行くので、日本のような吊り足場が必要なく、ハシゴをかけて作業して行きます。

0702 Ligger

投稿日: カテゴリー: 茅葺き現場日誌@UK London

ケラバとなる箇所にもラップオーバーを配置しておきます。
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これで雨漏りの心配は無くなりましたが、このままでは風が吹く度にはためく棟になってしまいますから、押さえて固めてやらなくてはなりません。

押さえるのに使うリガー(ligger)もスパーと同じハシバミの若木を裂いたものです。
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近年では鉄筋にやや代わられつつあるものの、茅屋根を葺く押さえ竹としても昔から使われてきました。

押さえ竹として使う分にはそのままでも良いのですが、棟押さえは装飾も兼ねているので見た目も肝心です。
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継いで使ったときに仕上がりが滑らかになるよう両端を尖らせておきます。

スパーでリガーを固定します。
手で差し込んでおいて、マレット(片手木槌)でコンコンと叩いて仕上げます。
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スパーは差し込んでいるだけで屋根を貫通していないので、水平に差し込んでやれば雨漏りの原因にはなりません。
写真のように斜めに差し込んではいけません(苦笑)。

リガーを装飾的に配することもありますが、禅庭ということでシンプルに。
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一番下は仮り押さえ(temporary sway)。

参考までに。
茅葺き職人トレーニングコースでの拙作。
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セッジ(sedge)を使った課題作品です。

これは別の生徒の作品。
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棟の材料はコムギワラですが、ラップオーバーではなく突き当て(butt-up)仕上げの棟です。

材料や工法に多様性を残す点は、イギリスの茅葺き屋根の特徴と言えると思います。

0704 Netting

投稿日: カテゴリー: 茅葺き現場日誌@UK London

リガーを配して棟が固まったら、仕上げのハサミを入れて行きます。
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イギリスでは茅屋根全体にハサミをかけるということをしないので、専用の屋根ハサミというものはありません。剪定用の枝切りハサミを流用しています。

肉薄のストロー状をしているコムギワラは、固くて切り難いということは無いのですが、表面に光沢があるほどつるつるしているため、下手に鋭い刃物で切ろうとすると滑って逃げてしまい切り難い思いをします。
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枝切りハサミやこの「ローストチキン取り分け用ナイフ」も然り、粗く研いだ刃物の方がコムギワラを掴んで、ノコギリを挽く要領で切りやすいのです。
もちろん、本当に良く研いだ刃物なら問題なく切れるのですけれども。ヨシやススキ、稲ワラも切るならともかく、コムギワラだけならそこまで研ぐ手間をかける必要は無いですからね。

棟が新しくなりました。
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屋根全体にハサミをかけ無くとも、棟の段や軒を刈り揃えるだけで随分シャキッとするものです。

刈りくずを掃き落とすのに消しゴムブラシ。日本でなら竹ボーキを使うところですが。
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因みに棟はコムギワラでしたが、メインルーフはヨシで葺かれていて、谷になった部分など傷んだ箇所は今回修繕しました。

water reed(ヨシ)、wheat reedlong strawが、イギリスにおける茅屋根の三大葺き材です。

最後に鳥やリスが茅を引き抜くのを防ぐために、屋根全体に金網を被せます。
日本でもカラスが茅葺き屋根にいたずらしますが、脱穀後にも実が結構残っている小麦を使っているので、金網を被せるのは広く普及しています。
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茅葺き屋根の仕上げ用に販売されている、専用の金網です。
細い針金で編まれたネットを溶融亜鉛メッキした普通の金網ですが、柔らかく茅屋根に馴染みやすいので、下手にステンレスなど使うより具合が良いです。

丁寧に屋根に沿うように被せて、今回の修繕工事は竣工です。
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古い屋根に被せるとやや目立ちますが、新しい屋根の上では以外とうるさく感じないのではないでしょうか?