2006年07月20日

●0720 さようなら、鎌倉

覚園寺の屋根は「ほぼ」竣工しました。
0720終わり.jpg
最後に来て雨が続いたせいで、少し作業が残ってしまったのが心残りではありますが、後はスミタさん父子にお任せして帰る事になりました。

鎌倉には予想を超える長逗留となりましたが、その間たくさんのお店を訪ねて、たくさんの人達と出会うことができました。

0720Duca.jpg
無線LANを解放されている事に甘えて、Daisy's Cafe にはiBookを下げて通わせて頂きました。こちらのJazzmineさんと出会えなかったら、ネット接続のためだけにマクドナルドに美味しくもないハンバーグを、何度も食べにいかなければならないところでした。
もっとも、Daisyに行けばパソコンを触っているより、犬を触ったりお店に集う人達と話をする方が楽しくて、ブログの更新は滞りがちでしたけれど。すみません。

0720Rum.jpg
酔っぱらいたい時にとりあえずお世話になっていたRAM 。だけではなく、
ラ・ジュルネでもソンベカフェでも、GoateeやTipitinaでも、その他の色々な場所で、美味しい料理やお酒と共にたくさんの楽しい話が出来たおかげで、過酷な滞在環境や捗らない現場にもかかわらず、最高に良い印象を抱いて鎌倉から帰ることができます。
僕のやや片寄った「かやぶき話」を聞いて下さったみなさん、ありがとうございました!

今後はなるべく関西に腰を据えて行きたい想いも強いのですが、鎌倉に立ち寄りたいがために関東の仕事を増やしてしまいそうです。

2006年07月18日

●0718 あらためて鎌倉の路地

梅雨のあいだ、湿っぽく蒸し暑い日が続きながらも雨らしい雨は降らなかった分を、ここに来て取り返すかのごとくに連日よく降られてしまいました。

あとわずかのところで滞っていますが、「明日降るかも」といいつつ休まず働いて来たので、疲れも溜まっていましたし、まあ仕方ないですよ。鎌倉の路地へ散歩にでも出かけます。

扇が谷、二階堂、雪ノ下・・・
緑の豊かな鎌倉の中でも、山の手は一本一本の木が見分けられる程近くに山が迫ります。
鎌倉路地山.jpg
蓋のされていない水路には落っこちそうですけれども、おかげで石組みをふんだんに使った街並と、ゆっくり走る自動車がもたらされています。

生け垣の向こうに顔を覗かせる、近代和風の木造2階家。
鎌倉路地山2.jpg

由比ケ浜、長谷・・・
風に潮の香りが混じる浜手の町は、のんびり走る江の電の音と同じリズムが流れているようです。
鎌倉路地海d.jpg

道の際や時に真ん中にすっくと立つ松の木が、景観に海辺の町らしいアクセントを加えています。
鎌倉路地海w.jpg

稲村ケ崎、極楽寺・・・
海に迫る山の中に自然の地形に沿って建てられた家々が、照葉樹の森に埋もれるような町並をつくっています。
P1030390.jpg

波に乗れる程の砂浜が広がる海と、緑に覆われた山が手の届くところにあり、古い建物が住む道具としてあたりまえに使われ続けている、鎌倉は歩く程に楽しい気分にさせてくれる街でした。

2006年07月15日

●0715 鎌倉の路地

暑くて、だめです。

0715暑い.jpg

いや、仕事はしてますけれどね。
仕事しか出来ません。

あ、20日で例え竣工していなくても
鎌倉を離れることになりました。

まあ、スミタさんがその気になれば終わるでしょう。

振り返ってみれば鎌倉暮らしも4ヶ月。
正直離れるのは寂しいです。
(帰る先は本当に寂しい山奥だし)

鎌倉と言えば路地、なので
帰る前に撮りためた写真なぞ。
鎌倉路地山f.jpg

鎌倉路地山m.jpg

鎌倉路地海o.jpg

鎌倉路地海b.jpg


2006年07月13日

●0713 続・刈込み

今朝覚園寺の山門前で、今年最初の蓮の花が開いていました。
0713a.jpg

刈込みはコーナーのラインを参考にしながら、わずかに起りを付けて仕上げて行きます。
0713b.jpg
上の方から順に仕上げては足場の丸太を外してながら、下に降りて来ます。

それにしても、この暑さ!
もう梅雨明けしたのでしょうか?
0713c.jpg
屋根の上は日差しを遮るものがありませんから堪えます。
そのうえ新しい茅屋根は想像される以上に照り返しがきつくて、裏表まんべんなく焼かれてしまいます。

美山の親方の若い頃だと夏に屋根に上がるような真似はしないで、川でアユ獲りの漁師をしていたそうです。
良いなあ。
0713d.jpg
ちなみに冬は山でイノシシ獲りの猟師だったそうです。
僕等は冬でも雪かきしながら屋根葺いていますが・・・

2006年07月10日

●0710 刈込み/鎌倉でW杯観戦

いよいよ屋根の散髪(刈込み仕上げ)に入りましたが、期限付きレンタル移籍のナカノさんは、今朝オーサキ君共々美山へ帰ってしまいました。
0710a.jpg
タナカさんも所用で一時関西へ戻られたので、いきなりメンバー半減。リバウンドで寂しさも倍増です。

ところで、4日の写真ではまだここに写っていたヒノキの木は、お寺が手配して伐り倒されました。
0710b.jpg
詳しいいきさつは知らないのですが、茅葺き屋根の近くに大きな木があるのは良くないからと対応されたようです。

確かに近くに生えている木が茅葺き屋根に悪意影響を及ぼすのは、藍那の現場でも説明した通りです。
0710c.jpg
が、随分とまた思い切ったことをやりますね。
ただいま乾燥待ちといったところですが、ヒノキが材として有効に活用されることを祈るばかりです。


ところで、W杯もとうとう終わってしまいました。(体力も限界に達しつつあったので内心正直ほっとしたところも)
鎌倉では年配の方々と大部屋で同室なため消灯時間が早く、そもそも部屋のテレビは衛星放送が映らなかったので、mixiの鎌倉関連コミュの情報も参考にしながら探したお店で、試合観戦は散々お世話になりました。
0710KAHVE.jpg
ひとつは材木座のトルコ料理店?KAHVE(カフベ)。ギネス一杯で長居させてもらってありがとうございました。

宿舎のある御成から、夜明け前の鎌倉をてくてく歩いて通いました。
0710w.jpg
さすがに東国は夜明けが早い。4時前にもう空が白んできていました。
0710v.jpg
延命寺の大屋根越しに、ハリス記念教会の塔が。

準決勝以後は近所の小町踏切わきのソンベカフェが、毎晩(というか毎朝)無料で大画面を解放して下さったので、オーサキ君(特技リフティング・エンドレス)と通いました。
0710song-be.jpg
W杯終わったのに毎晩3時50分に目が覚めるので、熟睡していないような気がして疲れが取れません。
ジダンの祟りだ。

2006年07月08日

●0708 続々・棟収め

棟の形に整えて積んだ茅の上に杉皮を被せます。
P1030257.jpg
別にトタンでもルーフィングシートでも良さそうなものですが、そういうものを使った棟を解体すると蒸れて傷んでいることがあります。杉皮にしてもそれほど通気性に優れていようには思えませんし、自然素材だから良いと決めつけることは出来ないのですが・・・


杉皮の上に瓦を吊るための竹を固定して、瓦を載せて行きます。
P1030263.jpg
杉皮だとそれ自体に端をしっかり押さえるだけの固さがありながら、ハサミで切りそろえることも出来ることは、他にはない明らかな長所です。

瓦の割り付けが終わったら、お寺によって「棟祭り」が執り行われました。
P1030267.jpg
ご住職が袈裟に草履履きで棟まで上ってこられたのにはびっくりさせられました。手には火のついた香炉まで持っていたし。

等とやっているうちに、とうとう軒は全て落ちて(刈り揃えて)しまいましたよ。
P1030270.jpg
でっかい軒でした。やれやれ。

軒は僕一人で全て落とした訳では無く、実は火曜日から美山のナカノさんがオーサキ君を連れて応援に来てくれています。
P1030275.jpg
オーサキ君は藍那交流民家でも活躍してくれました。久しぶり。

棟の方も瓦が漆喰で固められて、完全に位置は決まったようです。
P1030276.jpg

棟の位置が固まったので、屋根の四隅をハサミで刈り通して、仕上げの刈込みの基準となるコーナーのラインを出します。
P1030279.jpg
ハサミを持った後ろ姿がナカノさん。常日頃お世話になっている僕の兄弟子ですが、今や日本を代表する親方職人の一人となられて、「関西の若手のホープ」というかつての枕詞はもはや失礼ともなりました・・・

瓦からはみ出した茅を切り揃えて、棟は完成です。
P1030282.jpg

仕事のできる職人が2人増えると、一日で進む工程が全然違います。
P1030271.jpg

2006年07月04日

●0704 続・棟収め/鎌倉のやぐら

(一部ですが)軒が通って(途中ですが)棟が乗ると、屋根の形が見えて来ました。
0704c.jpg

前後の最後の押さえ竹に2重にしたワラ縄を通して、横積みにした棟の茅を締め上げて固めます。
07040.jpg
ちなみに最後の押さえ竹は、棟の下ごしらえで高さを揃えて設置した下地の竹に縫い付けることで、棟の基礎として水平に設えることができています。

最後の押さえ竹の上にさらに茅を並べて、最後の押さえ竹から針金を取って押さえます。
0704e.jpg
棟と屋根面との取り合いを滑らかにしたり、下地まで貫通した針金で締めてある最後の押さえ竹を養生する意味があります。


ところで鎌倉のあちこちにある、覚園寺境内にもたくさんある洞穴が「やぐら」と呼ばれる中世の墓所であったことは、例によって鎌倉に来るまで全く知りませんでした。
0616やぐらd.jpg

近世、近代には物置として使われていたりしたので、内部に安置されていた五輪塔も外に放り出されてしまっておりますけれども。
0616やぐらe.jpg

内壁には手で掘った鑿の跡がはっきりと残っています。
0616やぐらf.jpg
切り通しもそうなのですが、襞のように入り組む谷戸の奥まで発達した鎌倉の街では、周りを取り囲む砂岩の崖を掘りたくなるのが人情というものだったのでしょう。

鎌倉の外とは繋がっていないので切り通しとは言わないのでしょうが、谷戸と谷戸とをつなぐ小さな切り通しもあります。
0616やぐらg1.jpg
あるいは、ご近所との往来を便利にするためにやぐらを貫通させてしまったのかも。

貫通したやぐらを潜って訪れる敷地に建つ住宅もあります。
0616やぐらh.jpg
洞穴の入り口に赤いポストが何ともかわいらしいです。